〜38年前、18歳の旅
初めての海外旅行について書こうと思いました。
当時18歳。まだインターネットもなく、海外旅行は今よりずっと「遠いもの」でした。
幸い、当時寄稿した文章が残っていたので、今回はそれをほぼ原文のまま引用し、今の視点で少しだけコメントを加えてみます。
以下引用
新月旗の国からこんにちは ートルコ紀行ー
旅に苦労はつきものと言われているが、最初からひどかった。実習から帰ってきて、航空券を予約してあったので旅行会社に電話した。
「航空券はどうなりましたか?」
「非常に残念ですけど、航空券は取れませんでした。」
唖然とした。しばらく声も出なかった。いくらわめいても航空券が取れるはずはなかった。その後、何度か旅行会社に電話したが、8月の中旬には取れる可能性があるということだった。それでは遅すぎる。
そこで、まず香港に行くことにした。香港で航空券を買うことは一般的なやり方だ。
香港は近いといっても初めての外国なので、飛行機の中から香港が見えた時に心臓が破裂しそうになるほど興奮した。飛行機から降りると、「もわぁっ」とした空気が顔に当たり、南に来たなという感じがした。
空港から出ると、さて困った。これからどうしよう。突然、香港に行くことになったので、あまり準備はしていない。
まず、九龍地区へ行くことにした。エアポートバスに乗ったが降りる場所が分からずに一周してしまった。しかし、これで概要がつかめたので二階建てバスで行くことにする。着いた日は遅かったので、次の日、旅行会社を回って三日目にイスタンブールへ飛ぶことになった。この時期は、やはり混んでいるらしく、イギリス経由で行くことになった。
宿は「インターナショナル トラベラーズ ハウス」120香港ドル(約2,000円)。二段ベット、冷蔵庫、扇風機、壊れたクーラー付き。香港の物価はとても安いのだが、宿に関しては日本と同等か、それ以上である。まあまあ手頃なのが見つかった。雑居ビルの13階にあり、窓からの風景は全部ビルにさえぎられている。自分の部屋に行くにはエレベーターを利用するのだが、そのエレベーターには黒人、日本人、東南アジア系の人、インド人、欧米人など、種々雑多な民族の人がぎゅうぎゅう詰めに押し込まれる。そういうのは嫌いではない。夜は日本の熱帯夜なんかの比ではなく、ほとんど眠れなかったが、2日目からよく眠れた。
食事は庶民的なところで食べた。当然英語は通じないので紙に食べたいものを漢字で書いて見せた。作りは大雑把なのだが味と材料がとても贅沢だった。200円も払えば腹が一杯になる。特にチャーハンと粥がうまかった。
交通機関は、ほぼ全部乗りこなした。二階建てバス、二階建て路面電車、フェリー地下鉄。フェリーと二階建て路面電車は10円もしなかった。香港の交通機関を乗りこなすと、そこが自分のものになったような気分になる。
8月6日、再び空港に向かう。着いた時は不安でいっぱいだったが、もう、その時とは全然違い自信に満ち溢れている。
以上引用
いざ成田空港の出国ゲートに来ると、初めての海外旅行、未知の世界に踏み出すのが怖くなってしまいました。実家でのんびりしていたほうがよかったかな、とも思いました。
二日目とはいえ、熱帯夜の香港で、エアコンなしで熟睡できるとは、今では考えられません。
この時食べたチャーハンは、長粒種のお米を使っており、パラッと炒められて香ばしく、人生で食べた中で、一番美味しいと思います。
航空券が取れなかったら香港に行く、という行動力に驚かされます。当時は一点突破できると信じて、突き進んでいました。




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