初めての海外旅行について書こうと思いました。 当時18歳。まだインターネットもなく、海外旅行は今よりずっと「遠いもの」でした。 幸い、当時寄稿した文章が残っていたので、今回はそれをほぼ原文のまま引用し、今の視点で少しだけコメントを加えてみます。
以下引用
新月旗の国からこんにちは ートルコ紀行ー
アマスラの次は首都のアンカラへ向かう。
アンカラは、計画都市らしく整然としていたが、旧市街は雑然としていた。丘に家がへばりついているような感じだ。
考古学博物館へ行く。
途中日本人に会い、彼はイギリスからヨーロッパを回ってトルコからイランに抜け、インド、タイ、シンガポールまで一年ぐらいの予定で旅行すると言う。そのために会社も辞めた。スケールが違う。
また、アンカラ大学に留学しているザイール人の青年にも会う。彼はモンゴルについて研究している、彼もなかなか凄い。
考古学博物館は、主に鉄器を発明したヒッタイト時代のものが展示されていた。
ローマ時代の浴場跡にも行く。大理石造りの豪華な作りがしのばれる。そこで一人の青年が近寄ってきた。その人は、その日の13時に徴兵されると言っている。まだ高校を出たてで、2年半兵隊になる義務がある。体罰もあり、とても厳しいと言うことだった。他の土地で兵役が終わったばかりの人にあったが、その人も毎日カレンダーに印をつけて、なかなか過ぎない時を呪ったと言う。このように若者全て兵隊に取られることは、社会にとって計り知れない損出になると思うのだが、北方に巨大なソ連がいて、また、隣国のブルガリアや、キプロス紛争で戦ったギリシャがいるので軍備は強化しなければならないと言うお家の事情がある。つくづく日本は平和で良かったと思うのだが、そのツケが跳ね返ってこないとは限らない。
溝を越えるときの彼の危なっかしい足取りが印象的だった。
以上引用
仕事を辞めて旅に出る人。
海外で学ぶ人。
兵役に就く人。
そして私は、結果的に一つの職場で定年まで働きました。
でも、あの時アンカラで知ったのは、 人生には無数の道があるという事実でした。 選ばなかった道があることを知っている。 そして、少なくともある程度は「選択の自由」がある。 それは、今振り返ると大きな財産だったと思います。




コメント