初めての海外旅行について書こうと思いました。
当時18歳。まだインターネットもなく、海外旅行は今よりずっと「遠いもの」でした。 幸い、当時寄稿した文章が残っていたので、今回はそれをほぼ原文のまま引用し、今の視点で少しだけコメントを加えてみます。
以下引用
新月旗の国からこんにちは ートルコ紀行ー
アンカラの次はイズミールへ国内航空で行く。一時間ちょっと乗っても一万円以内で収まった。空から見るアナトリア高原も良かった。砂漠のようなところにちょぼちょぼと町がある。
イズミールはエーゲ海に面しているので、今までの街とは少し違う洗練されたものがある。南欧風のカフェテラスもあったのだが、どうも自分の体に馴染まず、ついついアジア的なチャイハネへ行ってしまう。
チャイハネの経営者は白い髭をたくわえた老人で、朝鮮戦争の時、国連軍として参加したと言う。壁には当時の写真が写真が飾ってあった。かっこ良い。トルコ軍将兵の勇敢な戦闘ぶりは米英軍に大きな感銘を与え、これによってアメリカの信頼を勝ち得て、のちの北大西洋条約機構加盟に大きな力となったと言われる。その時の話をする老人は、ぶっ倒れるのではないかと心配するほど興奮していた。
チャイハネにきていたみんなと雑談する。すると、テレビでキプロス紛争のドキュメンタリーをやる。みんな集まってきて真剣な眼差しで見ている。トルコ軍が活躍すると、はしゃぐ人が数人いた。
横の道をヨーロッパ人の男女のグループが通り過ぎる。とても楽しそうだが、隣のトルコ人は「ヨーロッパ人はダメだ。お前みたいに一人旅で、積極的にトルコ人と交わるのが良い。」と言ってくれた。
バザールにも行く。日用品、魚市場、野菜市場、絨毯、民族楽器屋などがひしめいている。その中の本屋に入ると、店の人が「ウズベク人か、タジク人か?」と聞いてきた。店の中には私しかいないので、やはり、私に言っているのだろう。自分に騎馬民族の血を感じる。
トルコに来る前からトルコの有名な有名なおとぎ話、「ナスレティン・ホジャ」の存在を知っていたので、それが欲しかった。店員の人も一緒に探してくれて、小冊子5冊を見つけた。いざ、代金を支払うときになると、これはプレゼントだと言って絶対に受け取ろうとしない。また、良い本を見つけたら送ってくれるとも言った。一体どうなっているのだろう。
イズミールの地図を見ると、南の方にごちゃごちゃしたところがある。地図でたどるのも難しいくらいで、実際行ってみると案の定、と言うか半ば計画的に迷った。直角に交わる道などなく、家と家の間に細い道があるような感じだ。だんだん暗くなってきて今度は本格的に迷った。しばらく「やばいなー」などと思いながら呆然としていると、一人の婦人が寄ってきた。
「どうしたの?」
「いやーどうやら迷っちゃったらしいんですよ。」
などと話をしていると周りから女の子達がバーッと集まってきた。キャーキャー言ったりじーっと見つめられたりした。悪い気はしない。案内してくれてなんとか戻ることができた。
以上引用
トルコが治安が良くて、本当に良かったと思います。そして、今まで強盗や傷害などの危ない目に遭っていないのは、幸運だと思います。世界には、近寄ってはいけない場所があり、そこには近寄らないようにしています。
貧乏旅行の日本人の若者(私)に対し、トルコの人々は大変親切でした。いろいろ困難があっても、なんとかなるのではないか、という感覚を持てたのも、この旅行でした。




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