パラオで考えたこと

旅行

~戦跡ツアーと自然

①パラオに旅行した動機

冬休みをどこで過ごそうかと考えていた時、

なんとなく南の島に行きたいな、と思いました。

ちょうどその頃、パラオへの直行便が就航するという

ネット記事を目にし、行き先をパラオに決めました。

予約したのは航空券とホテルだけで、

ツアーは現地で申し込むことにしました。

②戦跡ツアーで考えたこと

現地に着いて最初に参加したのが、ペリリュー島の戦跡を巡るツアーでした。

参加者は家族連れやカップルもいましたが、

男性の一人旅も多かったように思います。

首都のコロール島には、

南洋庁の庁舎が裁判所として現存しており、

島のあちこちに当時の面影を見ることができます。

また、ペリリュー島には、

当時、東洋一といわれた滑走路がありました。

現在はジャングルに覆われている場所もあれば、

一部では米軍による滑走路の工事が行われていました。

日本から三二〇〇キロも離れた場所に、

日本がこれほどまでの施設を作っていたことに、

正直、驚かされました。

洞窟陣地も見学しました。

入口には火炎放射器で焼かれた跡が残り、

最後の拠点とされる場所に近づくにつれ、

入口は小さくなり、地形も険しくなっていきました。

米軍は四日で作戦を終わらせるつもりだったそうですが、

日本軍は砲弾の降り注ぐ中、

強い喉の渇きに耐えながら、

七十四日間戦い続けたといいます。

ペリリュー島の現地を実際に見て、

先人の苦労が、

想像をはるかに超えるものだったのだと感じました。

日米それぞれの慰霊碑にも手を合わせました。

日本の慰霊碑には、

魂が迷わないよう、日本の方向が示されていました。

先人のご苦労には、頭が下がるばかりです。

一方で、国が進む方向というものは、

とても重要なものなのだとも感じました。

それを他人事として済ませてはいけないし、

自分自身も、学び、考え続けなければならないのだと思いました。

投票という行為を、

どこかで大切に感じてきた理由が、

少しだけ、自分の中で言葉になった気がしました。

③ シュノーケリングなどで考えたこと

かつて要衝だったパラオは、

今では有数の観光地になっています。

南の海を感じるため、

二つのシュノーケリングツアーに参加しました。

これまで沖縄やモルディブを訪れたことがありますが、

そのたびに、心と体の調子が少し良くなるのを感じてきました。

パラオの海は、

一般的な珊瑚礁の海とは少し違い、

大きな川や湖のようにも見えました。

その底に珊瑚が群生しているのが、不思議な光景でした。

特にシーカヤックに乗っているとき、

その感覚を強く覚えました。

意外にも欧米人の一人旅が多く、

同じく一人で参加していた自分は、少しほっとしました。

どこかで、

ツアーに一人で参加することを

肩身の狭いものだと感じていたのかもしれません。

シュノーケリングの時間は、

ただ、のんびりと過ぎていきました。

海外旅行は、約半年ぶりでした。

日々のルーティンに慣れ、

出発前は少し億劫に感じていたのも事実です。

それでも今回の旅で、

考える時間を持ち、自然に触れ、

旅行というものはやはり良いものだと、

改めて思いました。

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