初めての海外旅行について書こうと思いました。
当時18歳。まだインターネットもなく、海外旅行は今よりずっと「遠いもの」でした。
幸い、当時寄稿した文章が残っていたので、今回はそれをほぼ原文のまま引用し、今の視点で少しだけコメントを加えてみます。
以下引用
新月旗の国からこんにちは -トルコ紀行-
次の日、イスタンブール着。
空港から市街地まで行くバスの中から、ビザンチン時代の建物、モスク(イスラム教の寺院。トルコ語でジャーミィ)、そしてマルマラ海が見える。これまた、息ができないほど興奮した。
イスタンブールは欧米人のツーリストで溢れかえっていた。安ホテルやユースホステルを回ったが、どこも廊下まで埋まっている。ようやく宿を見つけたが、部屋はホテルの屋根の上だった。同じ境遇のヨーロッパ人とも友達になった。
しかし、こんなに素晴らしいところに泊まったことは今までなかった。
ちょうどアヤ・ソフィア(セント・ソフィア寺院)の裏側で、ボスポラス海峡、アジア地区のウシュクダル、反対側にはスルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)がよく見える。
星空を屋根にして、遥かビザンチン時代、オスマン帝国時代に思いを馳せながら眠るという、豪華極まりない一夜だった。朝はコーランの読誦の声で目覚めた。
イスタンブールを散策する。
読売新聞のコラムによると、オスマン・トルコがコンスタンチノープル(イスタンブール)を占領した際、東ローマ帝国時代の建物をそのまま利用したため、街並みはこの700年ほとんど変わっていないという。このような建物に囲まれ、人々の喧騒を聞いていると、中世に迷い込んだような気分になる。
トルコ風呂にも入った。
日本に帰って友人に「トルコ風呂はどうだった?」と、一種異様な顔つきで聞かれたが、トルコには日本にあるようなその手のものは皆無であり、トルコ人でなくとも怒りを覚えてしまう。
本場のトルコ風呂は、男風呂と女風呂が厳然と区別され、三助ももちろん男である。腰巻は自分で洗う時以外は外さない。試しに三助を頼んだが、その人は屈強と呼ぶに相応しい体つきをしており、一瞬不安がよぎる。
マッサージは、まるでプロレス技をかけられているようで、首から足先まで体中がゴキゴキ音を立てた。筋肉のマッサージも痛い。垢落としも壮絶を極め、ゴリゴリのタオルで全身みみず腫れになるほど擦られた。途中、何度か悲鳴を上げそうになったが、終わったときには体が非常に軽くなったように感じた。
以上引用
屋上に泊まって眠る──今考えると、我ながら信じられない体験です。しかし、その時に見た風景は、今もはっきりと頭の中に残っています。
トルコ風呂のくだりは、今読み返すと、少し大袈裟にも感じます。
当時は、見るもの聞くものすべてが新鮮で、何でも吸収しようとしていました。
今は新しい経験は少なくなりましたが、日々の出来事をゆっくり噛みしめるようになった気がします。
それはきっと、若い頃にさまざまな経験をしたことが、確かな土台になっているからだと思います。




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