80億分の1の人生を生きてみた

日々のこと

先日、「80億分の1」というゲームをプレイしました。

このゲームは、世界中の誰かとして生まれ、その人生を生きるというものです。どこに生まれるのか、どのような環境で暮らすのかといった条件は、国連などの統計に基づいて設定されています。

今回、私が生まれたのは、コンゴ民主共和国。エスペランサという名前の女の子でした。

彼女の人生を振り返りながら、感じたことを書いてみたいと思います。

1. エスペランサの人生

私は、コンゴ民主共和国の農村で、4番目の女の子として生まれました。家庭は比較的余裕のあるキリスト教徒の家庭でしたが、生まれたときから父親はいませんでした。

正直なところ、最初はコンゴで生まれたことを不幸だと思いました。貧困の中で暮らし、おそらく短命で人生を終えるのだろうと考えていました。

学校は中学校まで進み、卒業後は縫製工場で働くことにしました。

その後、結婚相手が現れました。相手は2人の子供がいる理学療法士でした。相手の職業を見て、結婚を即決しました。

このとき、女性が結婚相手の年収や経済力を重視する気持ちが、よく分かりました。生活していくうえで、経済的な安定は大切な要素なのです。

結婚後、自分たちの子供を2人授かりました。夫の連れ子と合わせて4人の子供に恵まれ、やがて孫が9人、最終的にはひ孫が17人になりました。

途中、夫は2人目の妻を迎えましたが、私は特に気になりませんでした。ただ、お互いに気を使うだろうと思い、別に家を構えてもらいました。

自分がそれほど気にしなかったのは、仕事を持ち、自立していたからかもしれません。

縫製工場で働き続け、最終的には生産課長にまでなりました。自分の仕事と収入があったことは、人生の安定につながっていたと思います。

年金制度がないため、老後の生活は子供たちの支援に助けられました。子供たちが定期的にお金を入れてくれたことは、本当にありがたいことでした。

病気になったときには、借金をしてでも病院で治療を受けました。そのことも長生きにつながったのかもしれません。

こうして、私は79歳まで生きました。ちなみに、コンゴ民主共和国の女性の平均寿命は約63歳です。

振り返ってみると、子供や孫、ひ孫に囲まれ、配偶者や友人にも恵まれ、経済的にもある程度の余裕がある人生でした。

2. 幸せの形は、人それぞれ

ゲームを始めたとき、私は不幸な人生を送ることになるだろうと思っていました。

しかし、実際に歩んだ人生は、当初の予想とは違うものでした。家族が増え、友人に恵まれ、仕事でも責任ある立場になり、79歳まで生きることができました。

もちろん、すべてが順調だったわけではないでしょう。それでも、エスペランサの人生は、十分に充実したものだったと思います。

以前、ブログで人生の目的について考えたことがあります。

人生の目的に関するブログ記事はこちら。

人生の目的を考える ~自然との触れ合いなどから見えてきたこと~
何のために生きるのか」―社会的成功を追いかけてきた私が、旅やハイキング、居合道を通じて少しずつ気づいていったこと。自然や世界とつながる瞬間に感じる深い幸せと、これからの生き方について考えます。

人とのつながりや生活の安定に幸せを感じるのであれば、エスペランサの人生は、まさに幸せな人生だったのではないでしょうか。

一方、自分の人生を振り返ってみると、私は先進国である日本に、男性として生まれました。生まれた環境も、人生を取り巻く条件も、エスペランサとは大きく異なります。

私の場合、彼女のように多くの子供や孫、ひ孫に囲まれる人生にはならないでしょう。

私は、人とのつながりだけでなく、自然という自分より大きなものとのつながりに幸せを感じています。山を歩き、自然に触れ、その一部として生きていることを実感する。そうしたことが、自分にとって大切なのです。

そう考えると、人生の目的も、幸せの形も、人によって異なっていて当然なのだと思います。

どちらの人生が優れているという話ではありません。

生まれる場所も、家庭環境も、社会制度も違います。そのような条件の中で、人はそれぞれ、自分なりの幸せを追求していくのでしょう。

「80億分の1」をプレイして、そんなことを考えました。

自分とはまったく違う人生を生きてみることで、改めて自分自身の人生や、幸せとは何かを考える機会になりました。

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