海外勤務を経験し、また外国人がほとんどを占める職場で働いたことがあります。
日常的なコミュニケーションは、英語でも何とか対応できました。旅行で困らない程度の会話や、仕事でのプレゼンテーションなど、準備した内容を伝える場面では、それほど大きな問題を感じませんでした。
しかし、難しさを感じた場面がありました。
それは、議論です。
特に第二次世界大戦に代表される歴史認識のようなテーマでは、単なる知識だけではなく、自分の考えを瞬時に整理し、相手の意見を聞きながら、自分の立場を説明する必要があります。
日本語なら自然に出てくる「少し違うと思う」「その見方もあるけれど」といった微妙な表現も、英語では簡単ではありません。
日本では、沈黙や曖昧な表現が相手への配慮として機能することがあります。しかし、私が接した外国人とのコミュニケーションでは、沈黙は「反対していない」「意見がない」「同意している可能性が高い」と受け取られることがあると感じました。
先日も、相手が示した歴史認識に対し、英語でうまく表現できなかったことと、感情が高ぶってしまったことが重なり、私は黙ってしまいました。頭では、黙っていることが同意と受け取られる可能性があると分かっていながらです。
日本では、「よく知らないことについては、あまり断定的に話さない」という姿勢が美徳とされることがあります。一方、私が経験した海外の職場では、知っている範囲であっても、自分の考えを言葉で伝えることが期待される場面が少なくありませんでした。
意見が違っても議論を続けること自体は悪いことではない。その文化の違いを理解した今は、無理に議論を続けるのではなく、まずは自分の状況を伝えることが大切だと思っています。
“I’m not expressing myself very well in English.”
(英語ではうまく自分の考えを表現できません。)
次に同じような場面があれば、この一言で少し間合いを取り、落ち着いて自分の考えを伝えたいと思います。
-1.png)



コメント